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    帰省-1

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    2年ぶりに帰省した。
    久しぶりの故郷を写真を撮ることを考えず、頭も心も空っぽにしてただ歩き続ける。
    そして心に語りかけてくるものにそっとカメラを向ける。






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    さかみち | URL | 2012.01.12 23:23 | Edit
    こんばんは。
    故郷に帰られたそうで、懐かしかったことと思いますが
    「空っぽ」にして歩くというのは、懐かしいという意識を持たずに、
    ということなんでしょうか?
    1枚目はちょっとだけ故郷の感じ。
    下の方をもっと見たいところですが上に月が出ています。
    2枚目は茂りすぎた竹でしょうか? 花火のよう。
    ラストのベンチはいいですね。
    はじめベンチだか何だかわからなかったのですが、このへん面白いと思います。
    m_HAL | URL | 2012.01.14 00:10 | Edit
    さかみちさん、コメントありがとうございます。
    「空っぽに」といっても何も考えず適当に撮るということではなく、写真を撮る以上はフレーミング等写真として成立する要素は当然考えるわけですが、過度な感情移入や姑息な小細工はせず、対象そのものが語ってくれるようになれば良いと考えています。
    理想的には、セザンヌがいうところの「感覚の受信装置」として写真を撮っていければと思っています。
    あとは見る人にどの程度伝わるかという問題は残りますが。(笑)

    ラストの写真は、バス停のベンチでかつては個人商店の前にあったのですが、2年ぶりに見たら商店は取り壊されていて、古びたベンチだけが残されていました。
    ちょうど背もたれの部分に日が当たっていたのが印象的でした。
    かつてこの町が元気だった頃は、バスを待つ客でこの商店も繁盛していたと思いますが、時代の流れを感じざるを得ません。
    さかみち | URL | 2012.01.14 23:24 | Edit
    m_HALさん
    コメントの返信ありがとうございます。
    以前、ある人が「頭をまっ白にして写真が撮りたい」と言っていたのを思い出しました。
    その時は何のことやらよくわからなかったのですが、
    たぶん m_HALさんの言われる「空っぽに」と同じように思います。
    セザンヌの「感覚の受信装置」という言葉いいですね。
    覚えておきたいものです。最近は忘れっぽくて...。
    ベンチの話しは切ないですね。ますますいい写真になっています。
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    m_HAL

    Author:m_HAL
    現代写真研究所にて写真を学ぶ。
    金瀬 胖 氏の影響を受け現在に至る。

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