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    横浜市港北区ー都筑区

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    nonbiri-mama | URL | 2008.04.21 19:57 | Edit
    都筑区は 我が家から近いので
    何処だろう?と 観てしまいました。
    四枚目 雰囲気ありますね。夕方ですか?
    私ですと すっと 通り過ぎてしまいそうな所を 切り取っていらっしゃいますね。
    m_HAL | URL | 2008.04.22 02:59 | Edit
    この日は横浜線の鴨居から小机まで鶴見川沿いを歩きながら、脇道をさまよいつつ撮影したのですが、ここにアップしたのは考えてみたら殆どが小机寄りのほうでした。
    人が撮らないような場所を撮るのは、単に根がマイナー志向だからですね。へそまがりというか。おかげでよく怪しまれます。
    1枚目の重機に見おろされているようなビニールハウスとか3枚目のコウモリとかに志向が表れているような。
    4枚目は小机駅に向かって帰る途中、鶴見川沿いで撮りました。よく歩いたのですっかりあたりが薄暗くなってしまい、だいぶ疲れていたのですが、家に明かりが灯っている情景を見てふと心が癒やされました。
    はせがわ | URL | 2008.04.23 14:36 | Edit
    何度拝見してもHALさんの感性になかなか付いていけない私ですが、少し解説して頂けると理解出来る気がしてきます。
    3枚目はなにか意味を感じて撮られたのでしょうか、それとも感覚だけででしょうか?
    どちらが良いとか悪いとかでは無くHALさんのお写真を理解するために教えて頂けると嬉しいです。
    m_HAL | URL | 2008.04.28 06:55 | Edit
    はせがわさま

    貴重なご意見ありがとうございます。
     なかなか即答しにくい宿題でしたので、多忙な連休前でなく時間が取れる休日に書いています。ご容赦を。
     ここにアップした写真を言葉で説明するのは難しく、満足のいく答えができるか疑問です。なぜならば、ドキュメンタリー写真のようにメッセージや文脈があるわけではなく、だれもが美しいと思うような風景があるわけではないからです。
     
     予め撮りたいものがあったわけではなく、歩きながら何か心に引っかかるものを撮ったというところで、そういった意味では美しい花があったから撮ったとか、夕日がきれいだったから撮ったという事とスタンスとしては同じだと思うのです。ただ興味の対象がきわめて個人的で、ある意味屈折した美意識や感情(個人的にそう思っています)のうえに成り立っているところがあるので分かりにくいということもありますし、こういう独善的な姿勢には最初からコミュニケーションを放棄しているという批判があってもよいと考えています。

     前置きが長くなりましたが、1枚目は手前の畑と背景の重機やマンションとの対比が形作る空間に魅力を感じています。とくに逆光で見るビニールの存在が好きです。
     2枚目は朽ち果てた小屋の存在と画面上の無機的な構造物の関係が気になって撮りました。この場所に立ったとき何か小屋が語りかけているような気がしたのですね。
     3枚目は夕暮れの空を縦横無尽に飛び回るコウモリの存在に魅力を感じて撮ったのですが、あとからモノクロに変換しトリミングしてみると、漆黒の闇をひとり飛んでいる姿を通してある種心象的なものを感じました。これはコウモリの写真として見るか、この写真を通して別のことをイメージするかによって全く意味が変わってくると思います。
     4枚目はこの場所を通りかかったときに、この場が持っている雰囲気にまず虜になりました。特に左の明かりが灯っている家の存在にひかれ心が癒やされるところがあり、また遠い記憶を呼び覚まされるような感覚がありました。

     たしかウィノグランドだったと思いますが、「写真になったときにどう見えるか知るために写真を撮る。」という意味合いの言葉があったように記憶しています。(記憶が曖昧ですが)またウィノグランドは「写真は世界について語るのではなく写真に写された世界を語るのだ」ともいっています。わたしはこの言葉にとても共感するところがあります。写真に写った世界は現実にとてもよく似ているが、実は別の世界だと思っています。写真には限られた空間があり時間は止まったままですが、見方によっては無限の空間と時間の流れをイメージできると勝手に思っています。
     これがおもしろくてこうして写真を撮り続けています。いま言えるのはこんなところです。長文になりました。
    はせがわ | URL | 2008.04.28 18:31 | Edit
    ドキュメンタリ写真のように内容の充実度が重要な写真、あるいは今年の木村伊兵衛写真賞を取った志賀理江子さんの写真のように感覚で作り上げた写真、あるいは更にデザイン的な写真、風景、ポ-トレ-トなどなど写真の表現手法はそれこそ写真家の数と同じだけあるのではと思いますが、「写真」とはなにかという基本のところを理解(認知)していればどのような内容であれ表現であれ作家の自由であろうと思っています。

    愚問にご丁寧にお答え頂きありがとうございました。
    貴重なお時間を割いていただき感謝しています。
    1枚ずつ丁寧に解説して頂きましたがHALさんのお写真は解説付きで拝見するものでは無く、こちらが感じて見るものだということが理解出来ました。
    大変ありがとうございました。
    これからもどうぞよろしくお願い致します。
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    Author:m_HAL
    現代写真研究所にて写真を学ぶ。
    金瀬 胖 氏の影響を受け現在に至る。

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