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    5センチの眺め - 5

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    なにも足さず、なにも引かず、ただそこに在るということ。
    それだけで十分だと思った。







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    はせがわ | URL | 2013.11.06 16:15 | Edit
    なにも足さず、なにも引かずとおっしゃいますが、
    m_HALさんのお写真はぎりぎりまで引き算をし、
    更に必要不可欠なものはしっかり加えて作り上げた作品と思って拝見しています。
    夕映えの街がたくさんのことを語りかけてくれます。
    いすぃい | URL | 2013.11.07 01:14
    先生、こんにちは。
    ひとつ聞いてもいいですか。
    今回はカラーですが、なぜカラーなのですか?
    撮るときに、カラーとモノクロ、どちらかを選ぶ基準というか、理由はなんですか?
    ご教授お願い致します~。
    m_HAL | URL | 2013.11.07 07:07 | Edit
    はせがわさま、だいぶ余計に褒めてくださり、ありがとうございます。
    「なにも足さず、なにも引かず・・・」というのは、どちらかというと撮っているときの感覚で、広角や望遠だとレンズの特性を活かした撮り方ができますが、50ミリだとそういうわけにもいかず、その分対象をよく見る習慣がつくような気がします。
    そういう意味では、撮影者が何を見ているか、何を感じているかがよりストレートに表れるごまかしが利かないレンズという言い方が出来るかもしれません。
    基本にして究極のレンズというところでしょうか。
    m_HAL | URL | 2013.11.07 07:08 | Edit
    いすぃいさん、シンプルで究極的な質問ありがとうございます。
    私の場合、写真は現実とは別のものだという考えが基本にあります。
    当たり前のことですが、普段物を見るときは自分が見たい範囲を見ているわけですが、写真は四角いフレームの中で見るしかありません。
    つまり、写真はすべてフレームで限定された範囲で起きていることに過ぎないと考えています。
    撮るときはカラー、モノクロどちらにするかは考えず、ただ感覚的に反応しているだけです。
    街撮りの場合、人も建物も全て均質のものとして捉えたいという考えがあるので、人が絡む写真はほとんどモノクロにしています。
    また、意味もなく特定の色に引き摺られたくないということもモノクロにする理由のひとつです。
    金村修の言葉を借りれば、写真の中にヒエラルキーをつくらないというところでしょうか。そういうレベルに達しているかは別にして。
    とはいえ、ときには色が重要な要素になることもあり、そういう場合はカラーで表現する場合もあります。
    今回でいえば、特に最後の写真はカラーでなければ表現しきれないと思っています。
    また、以前アップした鴨川の祭りも色が重要な要素となっています。
    そのあたりが、カラーかモノクロかの判断材料でしょうか。
    普段はカラーで見ているからカラーで撮るのが普通だという考えが基本的にないのは、冒頭に述べたとおり写真と現実は違うという認識が底辺にあるからです。
    でも、こういう考えに違和感を覚えるひとはたくさんいると思います。
    いすぃい | URL | 2013.11.07 23:15
    丁寧な回答どうもありがとうございます。
    写真は現実とは別という考えは私も同じな気がします。
    写真の中にヒエラルキーを作りたくない、人も建物も均質と言うのは、フレームの中の事象をひとつの表現とした時に、何かひとつでも足を引っ張るようなものがある場合は表現として成立しないもしくは不完全、と言った様な意味でしょうか?
    あ、ヒエラルキーを作らないって事は、ひとつが目立ってもダメってことなのか・・・
    先生、難しいっす・・・
    m_HAL | URL | 2013.11.09 12:40 | Edit
    いすぃいさん、大いに悩んでください。(笑)
    どちらも当てはまると思います。
    どころで、いすぃいさんが先生と書くと、読んでいる人は本当にわたしが何かの先生だと思われるのではと危惧しています。(笑)
    おやま剛 | URL | 2013.11.10 10:28
    本当に「何かの先生」だと思ってました(笑)
    自分の場合、写真はヒエラルキーを混濁させると同時に新たなヒエラルキーを作り出す、アナキスチックかつファッショな相克に面白味を感じています。
    m_HAL | URL | 2013.11.11 05:19 | Edit
    おやま剛さん、ありがとうございます。
    先生じゃないですよ。(笑)
    私などはつい全体のバランスを考えて撮ってしまいがちですが、おやま剛さんの日常をなたでぶった切るように撮り、切り口がヒリヒリするような感じ+内面へと深く潜行していく写真にワクワクしています。
    こぢんまりと巧くまとめようという意識を感じさせないところが潔いですね。
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    Author:m_HAL
    現代写真研究所にて写真を学ぶ。
    金瀬 胖 氏の影響を受け現在に至る。

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